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私が30歳を超えたくらいから、
母親がそれまでは私にしなかったような話をしてくれるようになりました。
私に悪気は少しもなかったんだけど、
母親を深く傷つけてしまっていた発言があったようです。
発言する内容に責任を持たなければいけないと思った事
母が約20年もの間忘れることのできなかった私の発言
私は小学生の高学年の時からずっと結婚願望がありませんでした。
幼心に、もし私が結婚したらお母さんのような人生を歩むことになるのか…
それは嫌だ!って思っていたんです。
なぜ私がそう思うようになったのか?それは、
私の母親が私の父親の世話に明け暮れていたからです。
私は結婚=夫の世話係、と思うようになりました。
母親が不幸せそうに見えていたわけではないのですが、
母親が自分の人生を謳歌しているようにも見えていませんでした。
私はある日母親に
「私、お母さんみたいな人生を送るのは嫌やねん。」
と言ったことがあります。
もう20年くらい前の事だと思いますが、私も言った時のことを覚えているし
母親も覚えています。
つい最近
「昔あんたに”お母さんみたいな人生は嫌や”って言われたことある」
と言われました。
今はもう気にしていないようですが、言われた当時は相当ショックだったみたいです。
今、猛反省をしています。
その時の私は自分の気持ちを素直に言ってしまっただけで、
母親を傷つけようなんて、少しも思っていませんでした。
でも、こんなに長い間私に言われたことを覚えているなんて
かなりのショックを受けたのだと思います。
皮肉なもので、今の私は母親と同じような人生を歩み中
『子は親の背中を見て育つ』と言いますが、
特に母親とは性別が一緒だという事もあってか
母親の生き様を無意識のうちにずっと観察していたようです。
夫と出会った時、夫は一人暮らしをしていたこともあり
家事全般何でもできる人でした。
一方私は家事は何もできなかったので、
”この人、家事出来るなんてすごい!”
と思ったのを覚えています。
ところが今はどうでしょう?夫は家事の5%くらいしか負担しなくなりました。
ちなみに5%とはゴミ捨てと自分の洗濯物を洗濯機の中に入れる、という作業です。
ゴミ捨てといっても、ゴミをまとめるのは私の役目で、
外に出しに行くのが夫の役目です。
私は夫に”家事は苦手だし好きじゃない”というのを結婚前に予め伝えてありました。
夫もそれを承諾して、私との結婚を決めたようなので
私には正直”結婚したら私が家事をやらないと!”という
気持ちも意気込みもありませんでした。
でも、結局自ら家事をするようになったんです。
なぜそうなったかというと、
『結婚したら、母親がやってたように家事をこなさないと!』
というのが私のどこかにあったからです。
夫が家事をあまりやらなくなった理由は他にもありますが、
母親になんやかんや言いながらも私の中に
『母親は私の理想』というのが出来上がっていたようです。
結婚したからって、私が家事をしなければいけないルールなんてないし
夫にも家事は嫌いって言ってあるし♪と思っていたのですが、
『母親のようになりたい』という無意識のうちに出来上がっていた理想と現実が違いすぎて
その差を埋めるために自ら家事をやるようになっていました。
母親のような人生は嫌とか言っておきながら、
皮肉なもので私は今は毎日夫のお世話をしています。
言葉は凶器
自分が言った言葉を取り消すことはできません。
それは重々分かっているつもりでいたのですが
自分が実際に暴言を吐かれるまではそのことを
いまいちよく分かっていませんでした。
数年前に夫と喧嘩をした時にものすごい暴言を浴びせられた時にようやく
『自分が言った言葉は取り消されへんから、責任を持たないといけない』
『言葉は凶器や』
ということの意味が分かった気がしました。
その時の夫は売り言葉に買い言葉みたいなかんじで
ついつい勢い余って暴言を吐いてしまったようでしたが、
言った本人に悪気があろうが、なかろうが、
言われた相手が傷ついてしまったということは、
『誰かを傷つけた』という事実は取り消せないわけです。
「ごめん、そんなつもりじゃなかってん、勢い余ってつい言っちゃった!
今言った事はなしにしたいから、今すぐ忘れて!」
とすぐに謝ったって、言われた側はそう簡単には忘れられません。
私は夫に暴言を吐かれた時に、
『もし、私の心の傷が目に見えるものだったとしたら、今頃家中血だらけやな。
しかも、そう簡単に癒える傷口じゃない。』
と思いました。
夫のように勢い余って暴言を吐くこともあるだろうし、
過去の私のように自分はただ自分の素直な気持ちを述べただけなんだけど
結果的に誰かを傷つけるという事もあると思います。
どちらにしても、自分の発言には責任を持ち、
発言をするときには気を付けないといけないなと学んだ出来事です。