『いい・悪い』のジャッジをする事が無意味であることが腑に落ちた!

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☆当ブログへのご訪問ありがとうございます☆

つい先日、

『いい・悪い』のジャッジをする事が無意味である

ということが腑に落ちる出来事がありました。

というのも、近所のおじさんが

「来月、弟の家にお呼ばれされたんだけどね。

姉も来るらしくてね。

姉って、すごく攻撃的だし

どうせまた文句ばっかり言われると思うから

行きたくないんだよね。

でも、弟には会いたいんだけど。」

とおっしゃったのです。

でも、お姉さまには長年会ってないそうなので、

その間にお姉さまの性格が丸くなった可能性もあるわけで

”どうせまた文句ばっかり言われると思う”

というのは、おじさまが過去の経験を基に

仮定している”起こるだろう”という事。

ここで、私は思ったのです!

人って、

【自分の思った通りになる=いい事】

って思っているところがないですか?

このおじさんの場合、

実際に弟さんのお家に行ったとして

お姉さまに文句ばっかり言われたとしたら、

おじさんの仮定は当たったということになりますから、

本来は”いい事”のはずなのです。

でも、実際はどうかというと

お姉さまに文句ばっかり言われたおじさまは

嫌な思いをする。

仮定が当たって、”いい事”が起こったはずなのに

おじさまは不快感を感じているという矛盾。

じゃ、お姉さまがおじさまの仮定を裏切って

おじさまのことを褒めまくったり、

今までの事を感謝したりしてきたとしたらどうでしょうか?

おじさんの仮定は外れたので

【仮定がハズレた=悪い事】

となるのでしょうが、

実際におじさんが感じるのは

”嬉しい”という感情でしょう。

でも、仮定はハズレたんですよ?

それなら残念な気持ちのはずなのに、

実際には嬉しい、幸せという感情を味わっている。

ここでも矛盾が起きるわけです。

だから、

『いい・悪い』のジャッジをする事って無意味だし

エネルギーの無駄遣いだなぁ…って思ったんです。

この一件以来、

『どっちでもいいさ~。』

と、肩の力が抜けてきて

自分が頑張りたい事、

自分でコントロールできる事以外に

エネルギーを注ぐのをやめれるようになってきました。

もうね、めっちゃ楽ちんですよ♪

自分の事じゃなくて、

おじさんのことだから

冷静に客観的に見れて

気付けたんだと思います。

気付かせてくれたおじさんに感謝☆

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