11月後半は、
心身共にしんどいループに入っていたのですが
その時にやらかしてしまったのが
”ない”を見るという事。
具体的には、
お金がない事に対して
欠乏感を感じていました。
私は元々お金大好き、貯金崇拝者なので
お金が減る事、増えない事に
不安を抱えやすいタイプです。
ここ数年で
随分とお金への執着がなくなり
在るを見る事も、
安心に包まれる瞬間を作り出す事もできるようになってきましたが、
身体も心も病んでいる時には
昔の癖が復活しやすくなってしまうようで、
頭の中は
『お金が足りない。』
『お金がない。』
そんな事ばかりが過っていました。
実際は、
夫の口座には
必要な支払いをする分の十分なお金があったので
「お金頂戴。」
と、夫にお願いすればいいだけの事だったのですが、
「お金頂戴。」
とお願いすることが嫌いで不得意な私は、
何日もこの一言を言えずにいて
それで苦しんでいました。
頼めば嫌な顔一つせず、
ちゃんと振り込んでくれるのに。
いつまでたっても、
おねだりが苦手な私。
調子がいい時は言えても、
調子が悪い時には言えません。
あの時の事を今振り返ると、
”ない”を見るって
地獄への入り口だなって思うんですよ。
知らぬ間に欠乏感は大きくなるし、
自分が嫌いな感情、私の場合だと不安の渦へと
どんどん引き込まれて行ってしまう。
今回、地獄の入り口でとどまって
底まで引きずり下ろされるのを回避できたのは
一瞬、
『お掃除でもしようかな。』
という、湧き出たやる気を
タイミングを逃すことなく掴むことができたからだと思っています。
いつもよりも丁寧にお掃除をしたことで
ちょっとエネルギーが変わった実感がありました。
空間がスッキリすると、
気持ちもスッキリするタイプなので
これで回復し始めることができました。
後、掃除中は無になれますしね。
これもよかったと思います。
それから
感謝できるような心境ではなかったので
感謝ワークもお休みしました。
感謝はするものではなくて、
湧き出てくるものだと思っているので
感謝できないのなら無理しない。
それでいい。
そう、自分に言い聞かせていました。
しんどい時には無理をせず、
ほんの少しの何かやる気が出るのを待つ。
これが大切だと改めて思いました。